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めでたくって何より。

関西大学文芸部文学パートさま「千里の道も一筆から」第5回大阪文学フリマ感想2

「千里の道も一筆から(関西大学 文芸部文学パート様)」

 

 自分が普段見聞きするもの、経験したことなど、身近な事象から題材をとったと思われる作品が多く、安心して最後まで読めました。矛盾などを丁寧につぶし、誠実に作品に向き合おうという姿勢が、1冊を通じて貫かれているように感じました。同じ同人誌で活動していると、構成員は同じ理念や目標に自然と向かうものなのでしょうか。部の伝統というか……。ぴりっと引き締まった空気が全体を通じて漂っていて、とても私は好きでした。

 

 特に好きだったのは、「地蔵(時東健治)」です。

 アイスクリーム食べたさに、地蔵にそなえられた百円玉をくすねる少年の心の動きが丁寧に描かれている。いけないことだと思いつつアイスクリームの誘惑に勝てないところ、百円玉を受け取った駄菓子屋の婆さんの少し困ったような笑顔、それを見て動揺するところ。そして、帰りに地蔵の前を通り、その慈愛に満ちた表情に、罪悪感に押しつぶされそうになる……

 読者がまるでその場にいるかのように気温や風や音や匂いを感じられる、綿密な描写が印象的でした。心情描写もこまやかで、近代文豪の影響を受けたような古風で硬質な文体がしっくりきました。

 題材を膨らませる力は、そのまま文章の力に直結するとどこかで聞いたことがあります。夏の日の小さな出来事が、少年の心に一生残る苦い思い出になる、そんな想像まで掻き立てられる、広がりのある作品でした。ささやかなことから世界や人生を垣間見せる手腕がすばらしく、小説ってこうだよなあと思わされました。こんな小説が書けたらなあと思いました。