いと花さま・文学サークル「花と魚」さま「ミツユメ」第5回大阪文学フリマ感想1
「ミツユメ(いと花さま・文学サークル「花と魚」さま)」
生徒の視点から、慕わしく魅力的なのにどこか寂しげな印象のある、謎めいた教員として紹介される主人公。彼は学生時代に、おそらく人生で最も印象的な友人に出会い、死別した後も、その実家に彼の代わりとして出入りし続けていた。生徒への進路指導を通し、自分の生き方を見つめ直した主人公は、彼の実家を離れ、新たな道を進むことを決意する。
こういう作品が読みたかったんだと心の底から思わされるような、端正で繊細でやさしくどこか物悲しい、それでも読後はさわやかな物語でした。
(1)構造について
「火花(又吉直樹)」はこれまでの純文学っぽい小説を総括したお手本のような物語で、とても端正に仕上がっていました。自分とは違う価値観の人間(A)と出会い、その人と考え方を交換しあうことで主人公(B)に変化が生まれ、人生の大きな転換点でこれまでの自分ではしないような選択をするにいたる、という構造です。
「ミツユメ」の主人公は、物語の最初、生徒らからは(A)的人間として描かれています。気弱で優しく、どこかほうっておけない魅力的な人物で、普段言わないようなことも彼の前では言ってしまう。しかし、彼自身にも(A)的人物がおり、自分は(B)を自認している。この入れ子構造が、この作品の一つ大きな特徴なのかなと思いました。
(2)友人の存在感について
また、主人公は友人の生前と死後、2度にわたって人生を大きく変化させています。生前は体験したことのなかった「友達のいる生活」を経験したことによる充足と成長、死後は亡き彼の代わりに彼の実家に通うのをやめ、大学院を受け直す決意をする点です。
同じ人物による衝撃が2度も与えられるとふつうはくどくなるのですが(「紳士同盟クロス(種村有菜)」のまおらちゃんが女子と見せかけて男子だった衝撃に、郵便屋さんがまおらちゃんだった衝撃が重なってくどくなったみたいに)、「ミツユメ」は文体が繊細なのにどこかからっとかわいており、そのくどさを感じさせない。それどころか、友人から受けた影響が2つあることで、その友人の主人公に対する影響の大きさ、存在感がさりげなく強調されています。それにより、淡泊なルームシェア描写の重みが後からずっしり伝わってくるのです。
(3)友人の死について
この物語の核は「友人の死」になると思うのですが、私が想起したのは「鳩の栖(長野まゆみ)」でした。「鳩の栖」では、転校先の学校になじめない主人公を支えてくれた友人は病弱で、その見舞いに行くたびに、友人は主人公に水琴窟を鳴らすよう頼みます。彼が1番うまいからと。友人には幼馴染がおり、主人公は友人の1番の友達ではないのですが、そうやって主人公の居場所を作ってくれているのです。
「鳩の栖」のラストは主人公と友人の二人きりの会話、そして彼の死が淡々と語られるのみで、友人と幼馴染の関連はほとんど描かれません。「ミツユメ」の主人公が友人の代わりに友人の実家に行く場面を読んで、私は、「鳩の栖」もラストの後はこう続いていたかもしれないなと思いました。幼馴染は彼の家を出入りし、彼の家族と無自覚ではあるが寂しさを慰めあうのではないかと。
青少年を描く物語で、友人の死はよく用いられる題材ですが、その後を描くのが不思議と難しいように思います。それを納得できる形で「今」につなげ、さらにその「今」も整理して区切りをつけるところまでを描いた「ミツユメ」を読むことで、真摯に物語にむきあう重要さに気づかされたように思いました。圧倒的な説得力でした。
(4)まとめ
最初は、「繊細な文体で心やさしい登場人物が描かれた美しい作品」という印象から入って読み始めたのですが、読み進めるにつれ、てにをはをおろそかにしない隙のない文体や、主題と結末をしっかりと見据えられたかっちりとした構成、説得力のある物語運び、矛盾なく選び抜かれた題材とモチーフなど、基礎の技術の高さに心奪われていきました。こんな小説が書けたらいいなあ。素敵な作品をありがとうございました。